会社を辞めたつぎの日の気持ち

漫画以外の記事

こんにちは、みっぽんぽんです!

わたしは2020年の頭に会社を辞めました。
会社を辞めた次の日に書いた手記がありますので
退職したいけど踏ん切りがつかない方に参考にしていただけると嬉しいです。

わたしはいったい何と戦っていたのだろうか

唐突ですが、昨日会社を辞めました!

もう10年くらいの念願叶ったわけなんですが……昨日の気持ちは
『ひゃっは~~~~~!た・い・しょ・く★』と言う
晴れやかなものではありませんでした。

すこし深酒をしたのですが結局眠れず、夜中の3時にこれを書いています。

10年前の入社当初から『この会社合わないかも』と、感じていたわたし。
数名の恩人のような方に助けられながら、なんとかやっていました。
でも、挙げたらきりがないほどの嫌な思いをして、
何度トイレで泣いたかわかりません。

大きな企業で、古い体制や考え方が染みついているように感じました。
女性軽視・差別・セクハラ・嫌がらせ……とにかく沢山のことがありましたが、
決定的に嫌になった出来事があります。

わたしは上司のぬいぐるみを育てるという謎のパワハラを受けていました

本人はパワハラしている感覚はなかったでしょうけど……。
コミュニケーションの一環、ぐらいの気持ちだったのかな?

上司のぬいぐるみを退社時に持ち帰り、
出社時に持っていくということを約2年続けました。

画像8

いつか労働組合に相談するかもしれないと、証拠として撮影した現物の写真です。

求められていることは、持ち帰り・持っていくだけではありません。
帰宅後にくつろいでいると『子供たち元気?』と、確認のメールが着たりして……。
しぶしぶ写真を撮って『そろそろ寝るようですなんて返信することも。

あまりにもしんどくなったので、最後の方はシルバニアファミリーのベッドを購入し、会社のデスクで寝泊まりさせるようになりました。

画像8

他人様のぬいぐるみを持ち運び続ける日々……嫌で嫌で仕方ありませんでした。
友人などに愚痴ると『え~ウケる』みたいな反応ばかりです。
『なぜ断らないの?』ともよく言われましたが、わたしはこれを断る勇気がありませんでした。

嫌で嫌で仕方なかった、ぬいぐるみの持ち運び。
何故NOと言えなかったのか。

自己肯定感が低く、自信もなく
『この会社に居させてもらっている』と感じていたからです。

この会社には身体障がい者の採用枠で入社したのですが、
それが大きな劣等感を生みました。

わたしはここに居させてもらっている
他に行く場所はない
食っていくためにはここにいるしかない

こう感じていました。

元々、大学で映画の脚本や演出を学んだこともあり
卒業後はゲーム会社で働いていました。

重度熱傷で救急搬送されてから2年間にわたる入院を経て、
後遺障害が残り身体障がい者手帳を取得しました。

退院後はリハビリを兼ねて大学院に通いながら
フリーランスでラジオドラマのシナリオを書いていました。

収入にムラがあり、若いうちはお金が足りない時はバイトでもいいかと
思っていました。障がいのため、長時間立ったりすることは肉体的に難しく……
こんな暮らしはずっと続けられないし、収入を安定させて
自分も安心したいし、親も安心させたい!
身体障害に理解のある会社に勤めよう!
そんな思いで就職を決めてしまった。

自分がこんなモチベーションで就職してしまったがために

この会社に居させてもらっているんだから、偉そうなことは言えない

と言う思いに囚われて、毅然とした態度をとることができなかったのです。

ぬいぐるみを持ち帰って、
翌朝またぬいぐるみと出社する。

ストレスで心療内科に通ったり、拒食のような状態になったりしながら。
それでもここにしか居場所がないと、必死で我慢していました。

『嫌です』の一言が言えないまま、元上司のぬいぐるみ育てから
逃げるように突入した産休・育休。

また、育休が明けたらぬいぐるみを運ぶ生活に戻るのか……。

あんな生活に戻りたくない!

泣きながらぬいぐるみを育てる姿なんか、こどもに見せたくなかった。

特技で食っていくことができれば、自信がつくはず!
復職までの約一年、育児休業中に自信をつけて、堂々と自己主張しよう!

こんな風に思っていました。

会社に戻っても重宝されるであろう、イラストやデザインのスキルを高めよう!

だから、当時1・2・4歳を育て、高齢の父を介護しながら一生懸命絵を描いた。
本当に休む間もなく、寝る間も惜しんで絵を描きました。

そのお陰で、2019年には沢山のイラストのご依頼をいただくことができました。

そして、2020年春。
ありがたいことに保育園に入園することが決まり、
復職するタイミングがやってきました。

わたしは人事に、勇気を出してこんなことを伝えていました。

『デザインの部署に異動か、イラスト・漫画などの特技を生かせる職種への配置換えを希望します!』

これが叶わないのであれば、育児休業明けで申し訳ないけど
退職しようと思っていました。

育児休業は【復職する】前提で取得できるものなことは理解しています。
育児休業を取りっぱなしで退職する人がいるせいで、
育児休業を取る人への風当たりが強くなるんだという話も聞きます。

それでも、ずっと我慢してきて、自分を殺して暮らすことの辛さを知っているから。
自分の特技を生かせる仕事ができないなら、辞めようと思っていました。

そこに加えて、先月には父が国の指定された難病であることも発覚しました。
声帯が閉じて開かなくなることによる窒息死が起こる病気で、
退院後は同居する必要があります。
医師からも長時間目を離さないように、と指示されていました。

親が、いま苦しんでいるかもしれない……と
不安に思いながら出社することはできない。

『ほぼフルフルリモートでの勤務を検討して欲しい』

と言うことも人事に追加で伝えました。

多系統萎縮症と言う病気で、いずれ動けなくなる父。
特別養護老人ホームの空きを待つ間、いまは側に居てあげたい。

自分に自信がなく、居場所がないから我慢し続けたわたしが
こんな風に言える日が来るなんて。

図々しいかもしれない、むちゃくちゃかもしれない。
でもいま自分が望むことを臆せず伝えることができた。

これはわたしにとってものすごく大きな一歩となりました。

育児休業中にイラスト・漫画を頑張ってきたおかげで自信を取り戻すことができた。
沢山じゃないけど、特技で稼ぐ経験ができたから。

わたしはやりたいことをやりたいと言っていいんだ!
わたしは生きる環境を選んでもいいんだ!

と、心から思うことができた。

こんなに自分を変えることができたのは、応援してくれる皆さんのおかげです。

これがなければ、会社にしがみついて何が何でも復職して
ストレスを溜めながらイライラカリカリ暮らしたでしょう。

こどもと接するときも、父と接するときも、常に余裕のない状態だったでしょう。

そして、会社に呼び出されたのが昨日。
ものすごく緊張しながら人事との面談に向かうと……

そして、ヒジョーーーーーーにあっさりと

『希望を叶えることは難しいので、退職でしょうか』

と言うことになったーーーーーーーー!!!!

まあ、そうだよね……営業職がいきなり漫画描きたいとか言い出して、
しかもずっと家にいます!とか会社も目が点でしょう……。

それでね、会社辞めますねって、なりました。

で!!!!!!!

冒頭にも書きましたが、ここがキモ。

全然晴れ晴れした気持ちにならなくて。
なんか、すごいモヤモヤした気持ちでいて。

何故かっていうと。

わたしはなんであんなに苦しんでいたんだろうな。
わたしはなんであんなに我慢したんだろうな。
わたしはいったい何と戦っていたの?

と言う気持ちがブワーーーーッと湧いて来たんですよね。

会社ってすごくドライなもんで、条件が折り合わなければ
スッと退職届がでてくるんですよ。
(会社に引き留められないぐらいの人材なんだろとか言わないで……)

ここで間違っちゃいけないことがある。
条件が折り合わなければ、雇用される側だって拒否することができるんです。

雇っていただいてる、んじゃないんだよね。
会社が上、社員が下、じゃないんだよ。
会社のために社員があるわけではないんです。

会社は労働してもらう、労働した人は対価を得られるという契約。

この約束をして活動するだけなんだから。
約束関係にある会社の理念に従って自らの価値を提供すればよかっただけなのに。

さっさと『ぬいぐるみを持ち運ぶことはできません』って言えばよかった。

この条件は飲めない、と言うだけだ。

それを邪魔する敵なんかいなかった。

見えない敵と戦っていたわたし。

自分を追い詰めたのは他でもない、自分自身だった。

自分のことを信じず、殻に押し込め続けて申し訳なかった。

そんなしょんぼりした、気持ち。

だけど、今日からは

幸せになることを放棄し続けた人生を、終えようと思う。

【みっぽんぽんの幸せの定義】
自分を信じて行動を選択できること
特技を生かして稼げること
仲間に恵まれること
子を個として認め、自身の行動を誇れる親であること
おいしいものをたべられること

そして、今回の退職に関して。

『好きにしたらいいじゃん』

と言ってくれた旦那さん。

どうもありがとう!家族に支えられて生きているんだね。

会社を辞めて4カ月後、いま

さて、会社を辞めた翌日に書いた文章を、ここまでで紹介しました。
4か月経った今感じていることを少し追加していきます。

みっぽん
みっぽん

フリーランス最高!

 

みっぽん
みっぽん

でも大変でもある!

 

だんなし
だんなし

あたりまえすぎんか……

まず、自分の特技で人に喜んでもらえること。
これが仕事になるって本当に最高です。
一生懸命作ったもので喜んでもらえて、お金も貰える。
努力に対する成果・対価がシンプルでわかりやすい!

反面、努力できない時……収入はゼロ!
こんなことは想定しなかったけど
コロナによる保育園の登園自粛で4・5・6月は
ほぼ仕事ができなかったので厳しかった……。
あのまま復職していたら給料は保証されただろうな。
まあ、もし分かっていてもわたしは退職したと思います。

大企業に勤めるメリット、たくさんあると思います。
給与保証・福利厚生・スキルアップのサポート……。
沢山のいい面を、諦めたとしても
わたしは退職してよかったと思っています。

身体障害を負ってから、息苦しく真っ暗で
自分に自信がない日々を送り続けた。

そんな暗闇から抜けて、大きく息を吸い込みながら生きていける感じがしている。

リタイヤはおわりじゃない


ゲームや競技の途中で棄権・退場することをリタイヤと言います。

体調がすぐれない・自分に合わない、そんな風に感じたら
自分のためにそのゲームを棄権する。

体調がすぐれない・自分に合わない、そんな風に感じたら
自分に合った別の競技を探す。

それと一緒かな、と感じています。

自分が自分らしくあれるフィールドで飛び回れる場所へ。
もちろんそこは、大企業かもしれないし
小さな会社や個人商店かもしれない。

どこだっていんだと思います。

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